【サビ管解説】障害者施設の採用時研修、全部まとめてやってない?実地指導で泣かないための「鉄壁」マニュアル
新しい仲間を迎える春、現場の管理者やサービス管理責任者の皆さんは、期待と同じくらいプレッシャーを感じているのではないでしょうか。特に正規職員の受け入れは、施設の未来を左右する一大イベントです。
しかし、そこで立ちはだかるのが膨大な法定研修の壁です。
「これ、新人研修として1日でまとめてしまって良いの?」
「記録はどう残せば実地指導で突っ込まれない?」
そんな不安を抱えていませんか。
これを読めば、もう実地指導の通知に怯えることはありません。結論から言うと、正解はこれです。
実施は「まとめて」OK、
記録は「一括」NG。
なぜ記録を一括にしてはいけないのか?その理由と、具体的な書類の分け方を包み隠さずお伝えします。

結論から言うと「実施はまとめてOK、記録は一括NG」です
新人職員を迎えるにあたって、管理者の皆さんが最も悩むのが時間の使い方だと思います。現場は人手不足ですし、早く即戦力になってほしい。でも、法令で決まっている研修は膨大な量があります。
「これを一日ずつ分けて実施するのは現実的ではない…」
では、どうすれば法令を遵守しつつ、現場の負担を減らせるのでしょうか。その答えがこちらです。
実施は「まとめて」OK。
記録は「一括」NG。
この言葉の意味と、実地指導で指摘を受けないためのロジックを深掘りして解説します。
なぜ「実施」はまとめても良いのか
法律や指定基準には、研修を行うべき頻度やタイミング(採用時や年1回以上など)は書かれていますが、「他の研修と同時に行ってはいけない」という記述はありません。
ですから、例えば4月1日を「採用時研修デー」として設定し、朝から夕方まで研修漬けにすること自体は何の問題もないのです。学校の時間割のように、1時間目は感染症、2時間目は虐待防止、と区切って行えば、効率的に学習を進めることができます。
なぜ「記録」は分けなければならないのか
ここが今回の最重要ポイントであり、多くの施設が実地指導で指導を受けてしまう落とし穴です。
実地指導に来る行政の担当者は、それぞれの「法律」に基づいてチェックリストを埋めていきます。実は、私たちが普段ひとくくりにしている研修は、根拠となる法律が全く異なります。
- 虐待防止研修 → 障害者虐待防止法が根拠
- 感染症対策 → 感染症法や指定基準がベース
- 身体拘束適正化 → 指定基準(身体拘束廃止未実施減算)が根拠
つまり、行政担当者が「虐待防止法の基準を満たしているか」を確認したい時に、「4月1日 新人研修一式 実施」という大雑把な記録しか出てこないと、それが虐待防止の要件を満たした研修だったのか証明できません。
結果として、「実施の実態が確認できない」とみなされ、最悪の場合は報酬の返還(減算)につながるリスクがあります。
実地指導で「完璧」と言われる記録の残し方
では、具体的にどのような記録を残せば良いのでしょうか。悪い例と良い例を比較してみましょう。
件名:新人職員研修
就業規則、虐待防止、感染症、BCP、接遇マナーなどを実施した。
時間:
9:00 〜 17:00
※これでは「何に何分使ったか」が証明できません。
件名:法定研修(項目別)
① 9:00-10:00 虐待防止・権利擁護研修
② 10:10-11:10 感染症対策・BCP研修
③ 11:20-12:00 身体拘束適正化研修
※それぞれの時間帯ごとの実施記録(またはカリキュラム表)と、使用した別々の資料を添付します。
このように、同じ日に行ったとしても、記録上は「別の研修を、連続して行った」という形跡を残すことが、自分たちの身を守ることにつながります。
少し手間に感じるかもしれませんが、後から「やっていない」と判断されるリスクを考えれば、採用時の段階でしっかりと分けておくのが、管理者としての賢いリスクマネジメントです。
令和6年度報酬改定でさらに厳しくなった研修義務

令和6年度報酬改定と「採用時研修」の現実解
令和6年度の報酬改定で、研修や訓練に関する義務が強化されました。特に「感染症対策」と「BCP(業務継続計画)」の未実施減算が新設・強化され、現場には緊張感が走っています。
しかし、採用時の限られた時間の中で、これら全てを完璧に行うのは不可能です。サビ管として推奨する「現実的な優先順位」は以下の通りです。
- 虐待防止・権利擁護
※虐待防止法に基づき必須。 - 身体拘束適正化
※未実施減算の対象。指針の読み合わせ必須。 - 感染症対策(基礎)
※標準予防策(手洗い・手袋)と嘔吐物処理の初動のみ。
この3つに関しては、スライドや資料を使ってしっかりと時間をかけ、記録を残す必要があります。
BCP(業務継続計画)はどうすればいい?
「BCPも義務化されたから、採用時に全部教えないといけないの?」と不安になる方もいるかもしれません。
もちろん、全職員向けの研修・訓練(年1回以上)は必須ですが、採用時に膨大なBCPマニュアルを全て読み合わせるのは非効率です。採用時はあくまで「補足」として、以下の点だけ伝えておけば十分です。
- 避難場所の確認(ハザードマップを渡して指差し確認)
- 緊急連絡網の登録(誰に電話するか)
- 参集基準の周知(震度〇以上で出勤など)
※これらは就業規則の説明やオリエンテーションの流れで数分で済みます。これを「BCP周知」の記録として残しておけば、実地指導対策としても有効です。
「訓練(シミュレーション)」の考え方
今回の改定で「研修」だけでなく「訓練」も求められるようになりましたが、採用時研修において大掛かりな避難訓練をする必要はありません。
マニュアルを見ながら「もし今ここで地震が起きたら、まず何を守りますか?」と問いかけ、考えてもらうこと。これだけで立派な「机上訓練(シミュレーション)」の実績になります。
採用時は「知っておくべき最低限のこと」に絞り、本格的な訓練は全職員向けの全体研修で行う。このようにメリハリをつけることが、現場を回すコツです。
・厚生労働省「令和6年度障害福祉サービス等報酬改定の概要」
・指定障害福祉サービス事業者の指定の基準等(運営基準)
具体的にどうすればいい?「モジュール型」研修のススメ
では、現場でどう運用すれば効率的かつ法的にクリアできるのか。私が実践しているおすすめの方法は、研修をひとつの大きな塊として捉えるのではなく、独立した「モジュール(部品)」として捉えることです。
学校の時間割をイメージしてください。1時間目は国語、2時間目は算数と分かれていますよね。あれと同じように、新人研修という一日の中に、それぞれの法定研修を独立したコマとして組み込むのです。
モジュール
モジュール
モジュール
※それぞれ独立した「実施記録」と「資料」が存在する状態を作ります。
具体的なタイムスケジュール例
私が実際に作成して運用しているスケジュールのモデルケースをご紹介します。この通りに進めれば、必要な法定研修を網羅しつつ、メリハリのある研修が可能です。
このように時間割を組み、それぞれのコマが終わるごとに「受講確認印」を押してもらうか、コマごとに別の研修報告書を作成します。
「9:30からの60分は虐待防止について学びました」という明確な記録があれば、誰に見せても恥ずかしくない完璧なエビデンスになります。
この方法には、実地指導対策以外のメリットもあります
「今日は時間がなくてモジュールAしかできなかった」という場合でも、残りのB・C・Dをいつやるか管理しやすくなります。
「感染症は看護師さんに頼もう」「虐待防止はサビ管がやろう」と、コマごとに担当者を変えることで、現場職員を巻き込んだ研修体制が作れます。
ダラダラと一日中話を聞くよりも、テーマが変わることで気分転換になり、学習効果が高まります。
採用時に絶対に外せない3つの研修ポイント

法律で決まっているからやる。それも大切ですが、せっかく新しい仲間を迎えるのですから、私たちの「支援に対する姿勢」を共有したいですよね。
私が正規職員の採用時研修で、特に時間をかけて熱く語っている3つのポイントをご紹介します。ここはマニュアルを読み上げるだけでなく、自分の言葉で伝えてほしい部分です。
虐待防止は「定義」ではなく「グレーゾーン」を教える
虐待防止研修で「利用者を殴ってはいけません」と教えても、あまり意味がありません。なぜなら、誰も殴ろうと思って入職してくる人はいないからです。
現場で本当に怖いのは、悪気なく行われる「不適切ケア(グレーゾーン)」です。忙しさにかまけて利用者を無視したり、親しみを込めたつもりで子供っぽい言葉遣いをしたり。こうした小さな芽が、やがて虐待へと育ってしまいます。
「前の施設ではOKだったかもしれないけれど、ここでは『〇〇ちゃん』呼びは禁止です」「利用者を待たせる時は必ず理由を伝えてください」と、具体的な行動レベルのルールを最初の段階で叩き込んでいます。
身体拘束適正化は「指針」を一緒に読み合わせる
身体拘束廃止未実施減算という厳しいペナルティがあるため、ここは避けて通れません。特に重要なのが、緊急やむを得ない場合の「3要件」です。
- ① 切迫性
- ② 非代替性
- ③ 一時性
これらを暗記してもらうだけでなく、自施設で作成している「身体拘束適正化のための指針」をテキストとして使い、一言一句読み合わせを行います。これが「自分たちの施設は身体拘束をしないんだ」という強いメッセージになります。
感染症対策とBCPは「自分の身を守るため」と伝える
令和6年度から完全義務化されたこれら2つは、やや退屈に感じられがちです。しかし、視点を変えて伝えてみてください。
「利用者を守るため」と言うとプレッシャーになりますが、「あなたが感染しないため」「災害時にあなたがパニックにならないため」と伝えると、新人は自分事として聞いてくれます。
正しい手洗いの方法や、災害時の避難ルートを知っているだけで、新人の漠然とした不安は大きく減ります。採用初日の緊張をほぐす意味でも、実践的な訓練は効果的です。
いかがでしたでしょうか。この3点は、その職員が将来リーダーになった時の「判断基準」になる重要な要素です。
準備は大変ですが、ここを丁寧にやるかどうかで、その後の職員の定着率やサービスの質が大きく変わってきます。ぜひ、魂を込めて伝えてあげてください。
厚生労働省「障害者虐待防止法に関するQ&A」
厚生労働省「身体拘束廃止未実施減算に関する取扱い」
新人研修ですぐに使える!実務資料3点セット
【完全無料】新人研修セット
スライド&講師用台本
このセットがあれば、準備時間ゼロでプロの研修が実施できます。
※現場の研修用に自由にご利用いただけます
「忙しくて作る時間がない…」
そんな管理者様へ、資料作成を代行します
無料配布している資料は汎用的なものですが、「自社のマニュアルに沿った内容にしたい」「実地指導での指摘事項を反映させたい」といった個別のニーズにも対応しております。
現役サービス管理責任者としての経験を活かし、あなたの施設の「実情」と「想い」を反映した、世界に一つだけの研修資料(スライド・台本)を作成いたします。
- 日々の業務に追われて、研修準備に手が回らない
- 「接遇」や「精神障害特性」など、他のテーマも作ってほしい
- 既存のマニュアルを見やすくリニューアルしたい
研修は「施設の色」に染める最初のチャンス
正規職員として採用するその人は、将来、あなたの施設のリーダーになるかもしれない人材です。だからこそ、単に「遅刻しないでください」「報告してください」といったルールを教えるだけの場にしてはいけません。
採用時研修とは、これから長い時間を共にする仲間に対して、「私たちは利用者の尊厳をこう考えている」「プロとしてこうあってほしい」という、施設の理念や魂(ソウル)を伝える最初の、そして最大のチャンスなのです。
スキルは後からいくらでも教えられます。
でも、「支援に対する姿勢(マインド)」は、
最初の3日間で決まります。
私はサビ管として、研修の最後のコマで必ず以下の3つの「文化」について話す時間を設けています。
-
失敗を隠さない文化
「ミスをするな」ではなく「ミスをしたら最速で報告してほしい。隠すことが最大の罪だ」と伝えます。これが虐待の芽を摘むための心理的安全性につながります。
-
「なぜ?」を問い続ける文化
マニュアル通りに動くだけでなく、「なぜその支援が必要なのか?」を考える癖をつけてもらいます。思考停止した支援員を作らないための種まきです。
-
チームで支える文化
「一人で抱え込まないこと」を約束してもらいます。福祉の仕事は一人では完結しません。困った時に「助けて」と言える関係性こそが、最強のリスク管理です。
最後に:準備は大変ですが、必ず返ってきます
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。「採用時の研修だけでこんなに準備するのか…」と気が遠くなった方もいるかもしれません。
正直、私も毎回資料を作り直すのは大変です。日々の業務に追われながらの準備は、本当に骨が折れます。
皆さんの施設でも、素晴らしいスタートが切れることを心から応援しています。私たちの仕事は、人を支えること。まずは、新しく入ってくれる仲間を全力で支える準備から始めましょう。
一緒に、より良い障害福祉の現場を作っていきましょう。

参考資料・根拠
- 厚生労働省「令和6年度障害福祉サービス等報酬改定の概要」
- 障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律
- 厚生労働省「障害福祉サービス施設・事業所職員のための感染対策マニュアル」


